あっという間に最終日です。本場のSIGGRAPHでは最終日は午前中を過ぎると、どんどん撤収作業が始まり、余韻を感じる事無くあっさりと終わってしまうのですが、横浜はちょっと状況が異なりました。土曜日ということもあり、参加者はむしろ多く感じるほどでした。スケジュール的には最後の最後でエレクトロニックシアターでしめるというのも本場とは異なりますね。
●Teaching Teachers: Giving Educators Insight Into Production
シンガポールでルーカスアーツが実践しているトレーニングについて。本当はパネルディスカッションの予定だったようですが、相手の方が急遽、来日できなくなり、通常のプレゼンテーションの後にたっぷりQ&Aの時間を取るといった公正になっていました。結果的には受講者とのディスカッションのような感じになって、内容が充実したセッションになりました。
講演者のタッド・レックマン氏はルーカスフィルムでVFX制作の経験を持ち、2ヶ月の休暇の間にデジタルフィルムのクラスを担当する機会を得たのがきっかけとなり、教育現場で活動するようになったとのこと。制作現場と教育現場、両面のバックグラウンドを持ち、2007年からはシンガポールでルーカスアーツのトレーニング・ディレクタを勤めることになったそうです。こうした背景だけでも、随分と日本との違いを感じます。
シンガポールはコンテンツ産業が生まれたばかりであり、ハリウッドのように経験者を雇うというような環境が無いため、自ら産業を担う人を育成するという意識が高いとの事です。現場で活躍する人のみならず、このセッションのタイトルにあるように、トレーニングを指導する教育者に対するトレーニングにも積極的に取り組んでいるのが印象的でした。教育者に対するトレーニングでは、現場からどのような技術や知識、経験を吸収して欲しいのか、具体的なトレーニング内容を提示、教育者に実際に体験、ディスカッションを行う事でプログラムが作られているとの事です。また、新しい産業ということで、業界を目指す学生の親にも理解を求める努力が重要であると述べているのが印象的でした。
・一般的に学校は良い設備をウリにする事が多いが、どう使うかが重要
・良い教育者は設備を選ばない。教育者の質を上げる事が重要
・制作現場の横でトレーニングを行う。双方向にモチベーションが上がる
・アカデミー受賞者が「ドローイングは重要」と言うと学生は納得する
・観察する事の重要性を継続的に意識するには? :ゲームや気に入ったビデオクリップをみんなで分析、レビューする
・トレーニングカリキュラムをこなすだけではダメ。友人と自主制作したりと更に制作活動を重ねることが必要
・制作現場にはパフォーマンス的に向かないとしても、モチベーションが高く周りのムードを作る事が得意であれば、プロダクション・マネージャと行った道もある。:トレーニングで得た知識や経験は無駄にならない。
個人的には学生で身につける事は実はそれほど多くはなく、技術や知識というよりは、業界で継続して活動していくための基礎体力的な要素が主となるのではないか、と思っています。このセッションは多くの部分で納得、共感できるものが多くありました。
●Production Session 3:Characters
・Practical Experiences with Pose Space Deformation
ボルトでのPose Space Deformation (PSD)の活用事例です。フェイシャルなど複雑な形状をコントロールするために、PSDを使用する例がいくつも紹介されていますが、この事例ではドライバを階層化することで、PSDのコントロールをより直感的にコントロールできるようにしています。キーとなる形状をシェイプでセットアップできる点がPSDのメリットだと思いますが、細かなコントロールを行いたい場合、キーシェイプが多くなりコントロールが煩雑になるため、アニメーター向けに何かしらのインタフェースをかぶせる必要があるようです。
・Crowd Simulation in Astroboy
アストロボーイでの群衆アニメーションのパイプライン事例です。ボーン、フェイシャル、モーションを組み合わせて、バリエーションを半自動生成します。配置ツールで群衆単位でのコントロールを行い、リレーションボックスでキャラクタ個別の動きに制限を掛けたり、ヘッドトラッキングを適応する事で、群衆としての動きに個々にターゲットを追いかける演技を追加するといった、群衆単位/個別単位のコントロールがうまく切り分けられていると思いました。
・Fetching Expressions – Throwing realism into the dogs in UP
UPに登場するブルドックのアニメーション・コントロールの事例です。コミカルな表情を実現しつつも犬の顔らしさは押さえるためにデザイン的、テクニカル的、両アプローチで留意されて、キャラクタがデザイン、セットアップされているのが興味深いです。ブルドックの皺のたわみや揺れはシミュレーションではなく、実際の犬の挙動を観察して、どのような原理で動いているのか、仕組みをふまえた上で、どのようにアニメーションをドライブさせるか、能動的にコントロールする事を前提にアプローチしているところが、個人的にはピクサーらしいと思いました。
・Preventing Tangled Cloth
メッシュの変形に伴う交差によって発生する、クロスシミュレーションの問題解決のアプローチに関する事例です。クロスシミュレーションでこの問題を解決するのではなく、キャラクタの変形において、メッシュが交差しないような、クロスシミュレーションに適した状態にすることで問題を解決しています。と簡単な文章になっていますが、演技のポーズとしても理想的な状態を保ちつつ、プログラム、幾何学的にも辻褄を合わせた結果を導きだすというのは、アーティスト、プログラマの両側面から問題解決に取り組む必要があります。こうした部分は海外のプロダクションは体制が整っていると、事例を見るたびに感じます。
●Technical Paper
キャラクタアニメーションのテクニカルペーパーでは、複数のコントロールモデルを組み合わせて総合的な動作コントロールを目指す方向性とモーションキャプチャデータを基にした統計学的なモーションコントロールの2つの傾向が見られました。冒頭でゲームプラットホームでの活用も意識されていることが述べられているものも複数あり、ゲーム業界と身としては、こうした従来に無い高度なアニメーションコントロール技術の今後の発展に大いに期待したいところです。
・Optimizing Walking Controllers
フィジカルベースの歩行アニメーションコントローラの最適化に関する論文です。モーションキャプチャデータを基にするのではなく、つま先からかかとへの重心の変化やスイングといった要素を基にアニメーションデータが生成されています。
・Compact Character Controllers
ある特定の動きに特化したモーショングラフのコントロールと別に作成されたコントロール群を結合して包括的にコントロールする事によって、多様性のあるモーションコントロールを実現するといった内容でした。過去10年ほどの間、モーショングラフによる動作コントロールは様々な論文が発表されていますが、歩行など限定した動作を想定したものが殆どでした。コンパクトなライブラリとコントローラからゲームプラットホームでの活用も意識されているようです。
・Robust Task-based Control Policies for Physics-based Characters
こちらも複数の動作モデルを組み合わせて統合的に動きをコントロールする内容でした。こちらはフィジカルベースのモデルを使ってコントロールしています。ここの動作モデルとそれに繋がる動作をスムーズに繋げるためにバランスをコントロール、最適化しています。フィールドアスレチックのような複数の課題のあるフィールドでゴールの課題が与えられて事前計算を行っています。
・Modeling Spatial and Temporal Variation in Motion Data
いくつかの類似したモーションキャプチャを基にそれと類似したバリエーションを生成するという内容。統計学的手法を用いて、4つの類似するアニメーションデータから15の異なるバリエーションを生成しています。もちろん動作的に整合性のとれた動きになっています。少ないリソースを使って沢山のバリエーションを生み出すという技術はゲーム開発では今後の課題となるであろうと自分は感じています。例えば、群衆のように沢山のキャラクタが登場するような場面では、同じアニメーションデータを多用すると、それが顕著に見えてしまいます。ちょっとタイミングをずらすといった手法で対応している場合が多いと思いますが、これでも限界があります。発表では歩行のようなバリエーションがありませんでしたが、今後の展開に期待したいところです。
・Real-Time Prosody-Driven Synthesis of Body Language
ジェスチャ、身振りを音声の抑揚や調子に合わせて最適化して一連の動きとしてリアルタイムで生成しています。モーションキャプチャのデータをセグメント化音声データもセグメント化して適した身振りを繋ぎ合わせていくような手法のようです。動作のつなぎには統計学的な手法が用いられ、データベースからつながりも含めた最適な動作が検索されているようです。ゲームプラットホームやアバターでのコミュニケーション表現方法への活用も意識されているようです。ゲームコンテンツでNPCを作成する手法として、将来的にはこういった手法もあり得るのではないか、と思いました。
あっという間の4日間でしたが、日本でのSIGGRAPHがこれで終了しました。余韻を楽しむような感じで最終のエレクトロニッックシアタを鑑賞しましたが。個人的な感想は、セッションや論文はワールドワイドに公募しているにも関わらず、以外と地域性のようなものを感じました。ひとつはSIGGRAPHとは思えないほど日本語への対応がされていたことがありますが。。。本場のSIGGRAPHがフルコースだとすると、今回のSIGGRAPH ASIAはエッセンスをギュッと詰めて、ローカライズした懐石弁当のような印象でした。もし、この機会にSIGGRAPHって面白いなと感じたならば、次回は是非太平洋を渡ってSIHGGRAPHに参加する事をオススメします。こうした、作り手にとって優良なカンファレンスが身近で開催されたことは、本当に良かったと思います。できれば、もっと色々なデジタルコンテンツに関するカンファレンスが日本で開催される機会が増えればと思いますが、そのためには現在、業界にいる自分たちが日本からの世界に注目されるようなコンテンツを発信し,日本で開催する事のメリットを感じてもらえるよう、努力していかなければならないと思いました。